挑戦の歴史
-
1935年
昭和10年
2月
東洋曹達工業 設立
岩瀬徳三郎によりソーダ工業における “近代的一大理想工場” を目指し、「東洋曹達工業」として山口県都濃郡(現周南市)に誕生。岩瀬が目指した理想工場とは、アンモニア法ソーダと電解ソーダおよびセメントを兼営することであった。
ソーダとセメントの兼営は、ソーダの生産工程で発生する副生物をセメント原料に利用し、セメント焼成時の余熱をソーダ生産に必要な蒸気の発生に利用することで、競争力を有するソーダ生産とゼロ・エミッションを同時に実現するものであった。東洋曹達工業(株)設立
岩瀬徳三郎によりソーダ工業における “近代的一大理想工場” を目指し、「東洋曹達工業」として山口県都濃郡(現周南市)に誕生。岩瀬が目指した理想工場とは、アンモニア法ソーダと電解ソーダおよびセメントを兼営することであった。
ソーダとセメントの兼営は、ソーダの生産工程で発生する副生物をセメント原料に利用し、セメント焼成時の余熱をソーダ生産に必要な蒸気の発生に利用することで、競争力を有するソーダ生産とゼロ・エミッションを同時に実現するものであった。 -
1936年
昭和11年
5月
- クロル・アルカリ事業
アンモニア法ソーダ(ソーダ灰、苛性ソーダ) 生産開始
-
1942年
昭和17年
2月
-
1953年
昭和28年
10月
-
1962年
昭和37年
2月
-
1964年
昭和39年
8月
ニューヨーク駐在員事務所開設
当社初の海外拠点。1979年閉鎖。
10月
-
1966年
昭和41年
5月
9月
-
1967年
昭和42年
8月
9月
-
1971年
昭和46年
1月
四日市東曹設立
当時、当社は南陽地区1拠点のみで発展してきたが、全国区の総合化学企業に飛躍すべくエチレンまでの原料遡及のため、四日市への進出を決定した。四日市工場の運営を担う当社の完全子会社として設立。1975年、当社と鐵興社の合併に合わせて四日市東曹も合併。
四日市東曹設立
当時、当社は南陽地区1拠点のみで発展してきたが、全国区の総合化学企業に飛躍すべくエチレンまでの原料遡及のため、四日市への進出を決定した。四日市工場の運営を担う当社の完全子会社として設立。1975年、当社と鐵興社の合併に合わせて四日市東曹も合併。
- 1971
- 四日市東曹設立
- 1971
- 電解ソーダ、塩ビモノマー、塩酸、次亜塩素酸生産開始
- 1973
- 低密度ポリエチレン生産開始
- 1973
- 塩ビ樹脂生産開始(現 大洋塩ビ㈱四日市工場)
- 1975
- 当社と合併
4月
-
1972年
昭和47年
9月
-
1973年
昭和48年
4月
IJPC(イラン・ジャパン石油化学)設立
1989.10 合弁事業解消。
-
1975年
昭和50年
4月
鐵興社と合併
鐵興社はフェロアロイの生産を目的に1925年に設立。東北地方を中心に多くの工場を建設すると共に、鉱山経営、自家発電も展開。金属電解、アセチレン有機化学、肥料事業への多角化を図り、カーバイド法塩化ビニルの製造では先駆。鐵興社から引き継いだ複数の事業は、現在も当社を支える重要な事業である。
鐵興社と合併
鐵興社はフェロアロイの生産を目的に1925年に設立。東北地方を中心に多くの工場を建設すると共に、鉱山経営、自家発電も展開。金属電解、アセチレン有機化学、肥料事業への多角化を図り、カーバイド法塩化ビニルの製造では先駆。鐵興社から引き継いだ複数の事業は、現在も当社を支える重要な事業である。
- 1925
- 鐵興社設立
- 1936
- 日本石英硝子 (現 東ソー・クォーツ) 設立
- 1938
- 酒田大浜工場(現 東北東ソー化学)で苛性ソーダ、塩酸、さらし粉の生産開始
- 1949
- 塩ビ樹脂製造開始
- 1965
- 日向工場で電解二酸化マンガンの生産開始(現 東ソー日向)
- 1969
- 富山工場(現 東ソー・ゼオラム)で合成ゼオライトの生産開始
- 1970
- 四日市工場操業(現 四日市事業所)
- 1973
- 鐵興社ヘラス(現 Tosoh Hellas Single Member S.A.)設立
- 1975
- 酒田大浜工場(現 東北東ソー化学)でポリ塩化アルミニウムの生産開始
- 1975
- 当社と合併
-
1976年
昭和51年
1月
-
1979年
昭和54年
-
1981年
昭和56年
6月
-
1983年
昭和58年
9月
11月
-
1984年
昭和59年
5月
-
1985年
昭和60年
3月
-
1986年
昭和61年
7月
-
1987年
昭和62年
10月
東ソー株式会社に社名変更
-
1990年
平成2年
10月
新大協和石油化学と合併
新大協和石油化学は1968年、三重県四日市市に新たに造成された霞コンビナートのエチレンセンター会社として、大協石油・当社・鐵興社を含む7社による合弁会社として設立。途中、当社は筆頭株主となり業界の厳しい戦争に勝ち抜くべく石油化学事業の強化・拡大が不可欠と判断し合併を決断。当社は石油化学部門の一貫体制を有する総合化学会社となった。これにより当社の四日市工場および新大協和石油化学四日市工場は統合されて“四日市事業所”となり、南陽工場は“南陽事業所”となった。
-
1996年
平成8年
1月
大洋塩ビ設立
10月
ソーダ灰生産終了
-
1999年
平成11年
7月
ビニル・チェーン100万トン体制構築
1994年、当社にとって力のある事業に経営資源を投入し、「強い事業をより強く」することを目的に、塩ビモノマーの新プラント建設を決断。塩ビモノマーの生産能力増強と同時に自家発電所の増設、エチレンプラントのボトルネック解消工事を実施。1999年には南陽・四日市事業所合計の年産能力が、塩ビモノマー103.4万トン、電解ソーダ102.6万トン(東北東ソー化学含む)と国内最大規模のビニル・チェーン体制を構築した。
ビニル・チェーン100万トン体制構築
1994年、当社にとって力のある事業に経営資源を投入し、「強い事業をより強く」することを目的に、塩ビモノマーの新プラント建設を決断。塩ビモノマーの生産能力増強と同時に自家発電所の増設、エチレンプラントのボトルネック解消工事を実施。1999年には南陽・四日市事業所合計の年産能力が、塩ビモノマー103.4万トン、電解ソーダ102.6万トン(東北東ソー化学含む)と国内最大規模のビニル・チェーン体制を構築した。
-
2014年
平成26年
10月
日本ポリウレタン工業と合併
日本ポリウレタン工業は1960年、ポリウレタン原料生産の企業化を目的に設立された。当社は1963年に資本参加し、ビニル・イソシアネート・チェーンの拡大を目的に、2006年に完全子会社、2014年に合併。
日本ポリウレタン工業と合併
日本ポリウレタン工業は1960年、ポリウレタン原料生産の企業化を目的に設立された。当社は1963年に資本参加し、ビニル・イソシアネート・チェーンの拡大を目的に、2006年に完全子会社、2014年に合併。
- 1960
- 日本ポリウレタン工業設立
- 1962
- 南陽工場操業
トリレンジイソシアネート 生産開始 - 1977
- ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)生産開始
- 1979
- ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)生産開始
- 1980
- 南陽化成設立
- 2003
- 日本ポリウレタン(上海)有限公司設立 (現 東曹(上海)聚氨酯有限公司)
- 2005
- 日本ポリウレタン(瑞安)有限公司設立 (現 東曹(瑞安)聚氨酯有限公司)
11月
-
2017年
平成29年
1月
-
2019年
平成31年
3月
- 機能商品事業
アルデヒド捕捉剤(エミデリート®) 開発