経営の考え方
企業理念に記された決意を改めて確認し実践していく
「私たちの東ソーは、化学の革新を通して、幸せを実現し、社会に貢献する。」この企業理念が制定されたのは1986年でした。当時の私は入社3年目の若手社員の一人にすぎず、日々の業務に追われるなか、企業理念について深く考える余裕はありませんでした。しかし36年後の2022年、当社代表取締役社長に就任してからは、この企業理念を見つめ直す機会が増え、それとともに私はそこに記された言葉の重さを深く実感するようになりました。
1935年の創業以来、当社は化学メーカーとして多種多様な素材・製品・技術・サービス・ソリューションを創出し、産業や社会の発展に貢献してきました。世を見渡せば、当社の生み出した素材や製品が、産業や人々の生活をはじめ社会の多様なシーンで活躍しています。例えば直近では、コロナ禍当初の緊急事態のなかで、感染症を素早く測定できる検査装置や抗原キット、RNA検出試薬を短期間で開発し、医療現場の支援に努めました。
一方で化学に対する社会からの要請や期待は、時代とともに変遷し、当社を取り巻く事業環境にも次々と新たなハードルが現れました。それらを乗り越え、持続可能な成長を実現していくために、例えばアジアを中心としたグローバル戦略の推進や、コモディティ分野とスペシャリティ分野をバランス良く展開する「ハイブリッド経営」への構造改革といった革新に取り組んできました。
今また私たちの前には脱炭素という、これまでにない高いハードルが立ちはだかっています。GHG(温室効果ガス)の削減は、全産業分野を含め地球全体で取り組むべき重要テーマですが、われわれ化学産業にとって、それはとりわけ重く、困難な課題です。化学製品はさまざまな意味で社会に不可欠で、エッセンシャルな存在である一方、その製造プロセスも大量のエネルギーを必要とする、すなわち大量のCO₂排出を伴うからです。
社会になくてはならない製品を、安全かつ安定的に供給していくこと。生産時のGHG排出を最小限に、できればゼロに抑えること。そのどちらもが当社にとって最重要の社会的責任であり使命です。二律背反とも思えるようなこの難題を解くべくグループの全部門・全部署が一丸となり、「成長」と「脱炭素」の両立を目指していくこと。それこそが現在の東ソーにとっての化学の革新なのだと私は考えています。
中期経営計画の進捗
成長投資の継続により各事業の稼ぐ力が向上
中期経営計画(2022〜2024年度)の中間年度となる2023年度の連結売上高は海外製品市況の下落や中国の景気減速に伴う需要減退の影響などから、1兆56億円(対前年比5.5%減)の減収となりました。一方、利益面については半導体・電子部材向け製品で在庫調整局面による大幅な悪化があったものの、交易条件の改善が進んだことで営業利益は798億円(同7.0%増)となり、これに円安進行に伴う為替差益が加わったことなどから、親会社株主に帰属する当期純利益も573億円(同13.9%増)の増益となりました。
2024年度については、半導体市況の回復によって数量増が見込まれることから、売上高は1兆900億円(対前年比8.4%増)を予想しています。営業利益についても、中期経営計画の数値目標の達成は難しいものの、1,000億円(同25.2%増)と増益を見込んでいます。
2021年度の過去最高業績を受けてスタートした中期経営計画ですが、ロシア・ウクライナ紛争の勃発と長期化をはじめ、原燃料価格の高騰、中国経済の減退によるコモディティ製品の市況低迷など、計画開始直後から想定外のさまざまな逆風が吹き荒れました。以前の当社なら赤字に陥っても不思議ではないような厳しい環境のなかで利益を出せているのは稼ぐ力が着実についてきた証だと、私は前向きに評価しています。
「成長」と「脱炭素」の両立の実現に向けた各分野の戦略も、着実に進捗しています。成長投資については、スパッタリングターゲット、石英ガラス、分離精製剤などスペシャリティ分野を中心に積極的な設備投資を実施し、近い将来に必ず到来が予想される需要の波に備えて供給能力の強化を進めています。コモディティ分野でも新たなMDIの製造拠点をベトナムに設け、中国市場に続いて東南アジア市場でも地産地消の体制を構築していく計画です。3年間合計での設備投資額は、当初計画を1割程上回る2,250億円になる見通しです。
連結業績
2022年度実績 | 2023年度実績 | 2024年度目標 | 2024年度予想 | |
---|---|---|---|---|
売上高 | 10,644億円 | 10,056億円 | 11,600億円 | 10,900億円 |
営業利益 | 746億円 | 798億円 | 1,500億円 | 1,000億円 |
営業利益率 | 7.0% | 7.9% | 10%以上 | 9.2% |
ROE | 7.0% | 7.5% | 10%以上 | ー |
目指すべき収益構造(営業利益)
- スペシャリティ:「機能商品セクター」+「機能性ポリマー製品(石油化学)」+「機能性ウレタン製品(クロル・アルカリ)
脱炭素投資の進展
燃料転換と同時にCO₂回収・再利用技術の実用化が進展
事業成長に向けた通常の成長投資とは別に、脱炭素を目指した取り組みにも引き続き注力しています。最重要課題は、エネルギー消費の大きい(=CO₂排出量の多い)コモディティ分野において、コスト上昇を抑えつつ排出するCO₂をいかに効果的に削減できるかです。
当社では、2050年カーボンニュートラル実現に向けた中間目標として「2030年度までにGHG排出量を2018年度比30%削減する」という目標を公表するとともに、その達成に向けて脱炭素のための特別投資として、2030年度までに総額1,200億円を投入することを発表しています。
これら「脱炭素投資」のうち最大のものは、単独企業・単一事業所としては国内最大級の出力(90万kW)を有する南陽事業所の自家発電設備(石炭火力発電所)における燃料転換です。2023年度は全部で6基ある発電設備のうちの一基のボイラーを、バイオマス専用ボイラーに更新する計画がスタートし、2026年4月の稼働を目指して工事が進んでいます。また残りの5基についても、バイオマス混焼率アップの検討をしています。
これと並行して、今後不足が予測されるバイオマス発電の燃料を安定調達していくため、木質ペレットを炭化させた「ブラックペレット」のサプライチェーン構築にも着手しています。その一環として、南陽事業所内にブラックペレット製造設備の新設を考えており、自社でも燃料をある程度賄える体制を目指します。これらのほか、四日市事業所においては、オイルコークスから副生するガスを燃料に発電するガスタービン発電設備の増設を検討中であり、次期中期経営計画ではこれに関しても具体的計画を発表する予定です。
上記のような燃料転換によるCO₂削減とは別に、事業で排出されたCO₂を回収し、製品の原料として再利用するという、より積極的な取り組みも進展しています。2024年秋には南陽事業所にこの目的のための新プラントが本格稼働を開始する予定です。これはCOプラントで発生する燃焼排ガスからCO₂を回収し、イソシアネート製品原料にする設備で、ベンチプラントの建設から実証試験によるデータ収集・評価を経て、商業スケールでの本プラント稼働まで、約2年という短期間で実現したものです。
このプラントでCO₂回収に使われる「アミン」は、当社の独自開発品です。もともとアミンは国内メーカーでは東ソーだけが製造する当社の得意分野ですが、今回開発したCO₂回収用アミンは火力発電所の排ガスのような高温・酸性(NOxの多い)ガスにも耐える特性を持ち、従来製品に比べて長期間の安定使用ができることで運用コストの低減に寄与します。
まずは自社工場内で排出するCO₂の回収・原料化を進めていきますが、将来的には独自開発のアミンをスペシャリティ分野の製品として外販するほか、確立した技術は機器を含めたシステム全体でCO₂削減ソリューションとして、同業他社を含め産業界に広く提案していきたいと考えています。
安全への取り組み
安全はすべてに優先することをグループ全体に徹底
現在の企業経営においては、企業価値の向上の観点から、ESG(環境・社会・ガバナンス)に代表される非財務資本への取り組みがますます重要になっていると認識しています。
環境に関しては先に述べたように脱炭素の実現に向け全社をあげて活動を強化していますが、大規模な化学プラントを運営する企業として、これと並んで私が重視しているのが労働現場の安全衛生です。私自身も製造畑の出身であり、「安全はすべてに優先する」という基本方針の下でさまざまな活動を展開してきました。
近年では安全対策におけるデジタル技術の活用も積極的に進めています。DCS(分散制御システム)によって大画面スクリーンで重要データを俯瞰できる監視体制の構築や、機械学習を利用した異常予兆検知システムの導入、製造現場や設備管理の現場への通信用タブレットの導入など、DX推進による安全レベルのさらなる向上を図っています。
しかしながら、2023年11月2日に、グループ会社(東ソー・エスジーエム(株))の新南陽工場(当社南陽事業所内)において従業員一人が死亡する爆発事故が発生してしまいました。亡くなった方のご冥福を衷心よりお祈り申し上げるとともに、ご遺族の皆さまには心からのお悔やみを申し上げます。
事故が起きた小規模テストプラントは消防法上の危険物は扱っていませんでしたが、いくつかの条件が重なった結果、爆発事故につながりました。2011年の南陽事業所での爆発事故以来、当社の主要事業所では予防保全に資する健全化工事投資を継続するとともに各種の安全対策にも力を入れ、重大事故の防止に努めてきました。その結果、プロセス起因での異常現象や事故は近年着実に減少していたのですが、グループ全体で見るとまだまだリスク評価に不十分な点があったと深く反省しています。
今回の事故に関しては、原因究明と再発防止策をまとめた最終報告をこの4月に当局に提出しました。今後も本社環境保安部門の主導でグループ全社の安全管理体制や設備・業務の安全性を厳しく再チェックするとともに、「安全はすべてに優先する」という基本方針をグループ全体にさらに徹底していく考えです。
R&Dについて
未来のための種まきをより積極化し開発スピードも加速
非財務資本として私がもうひとつ重視するのが「研究開発(R&D)」です。新たな価値を持つ技術や製品の創出が持続的成長の必須条件であることは当然ですが、化学産業の場合は他の製造業に比べて、開発に非常に長い時間を要します。現在、当社の高収益事業として成長を支えるジルコニアや分離精製剤、石英ガラス、ハイシリカゼオライトといった機能商品は、どれも1980年代半ばから90年代にかけての事業多角化戦略のなかで研究に着手し、20〜30年をかけて事業化に成功したものです。
東ソーの研究開発投資は、2000年代になって業績低迷もあり一度縮小しましたが、2010年頃からは20年後、30年後の未来を見据えた研究開発の強化へと舵を切り直し、人的投資も含めて種まきに再注力しています。市場環境や研究の進捗に応じて中身を入れ替えながら、各地の研究開発拠点合計で年間30テーマ程度を常時進めており、うち年間10テーマ程度は事業化フェーズに移行させています。そうしたなかから窒化ガリウムターゲット材のような高収益の製品、未来の新しい柱として期待できる製品が徐々に現れ始めています。
全国各地の拠点における研究環境の整備にも注力しています。2023年4月には、先端技術研究拠点である東京研究センター内に社内のMI(マテリアルズ・インフォマティクス)技術を集約した「MIセンター」を設立しました。同センターの目的は、AI・機械学習や計算科学シミュレーションを活用して、従来20〜30年を要していた開発期間の短縮化を図ることにあります。実際、分野によっては実験・評価のスピードが10〜20倍と劇的に加速しているものもあり、AIによる新しい視点での化合物の提案など、成果も徐々に顕在化しつつあります。
人材育成について
チャレンジできる企業風土を継承・発展させる
経営者として、人的資本の重要性はもちろん認識しています。企業の基盤、根幹を支える最重要の経営資源が人であることは、言うまでもありません。
当社では「いかなる環境下でも自ら仕事や役割を創り、周りを巻き込んで結果を出す『自律型人材』」を求める人材像と定め、その育成に取り組んでいます。とはいえ「自律型人材」は、座学や教育研修の強化だけで育成できるとは考えていません。人が成長していくには、実際の仕事のなかで、さまざまな経験を積むことが重要です。
自分自身を振り返ると、20年程前に南陽事業所で新プラントの建設プロジェクトにリーダーとして携わった経験が強く印象に残っています。このときは私のミスによって建設があわや1年以上遅滞しかける事態を招きました。部下や上司の助けを借りて、なんとかピンチを乗り切ったのですが、非常に苦しい経験でした。ただ、今思えば、それは自分の成長に非常に大きな意味を持つ経験でもありました。
もちろんそんな修羅場のような経験は、会社のためにもないに越したことはありませんが、小さな失敗を重ねることが、自律型人材への成長に必要なことも確かです。これには未知の物事に挑戦できる風土があることも重要です。「失敗」とは「挑戦」した結果のひとつに他ならないからです。幸いなことに、東ソーにはこのチャレンジできる企業風土が昔から根付いています。若い人にはまず自由にやらせてみる。失敗しても周りが一緒になって助ける。そうした自由闊達な企業風土を継承していきたいという思いから、普段から従業員には「できるだけ会社に来い」と言っています。世のトレンドには逆行するかもしれませんが、会社に来て上司や部下や外部の人々とリアルに対面し、コミュニケートするなかでしか学べないことが沢山あるはずだと私は思っています。
2024年3月に本社を東京駅前(東京ミッドタウン八重洲・八重洲セントラルタワー)へ移転した背景にも、そうした思いがあります。今まで以上に「会社に来たくなるオフィス」にするために、リフレッシュスペースや多様な打ち合わせスペースを設置しました。そうした環境を整備することで部門の垣根を超えた交流を促進し、「自律型人材」の育成につなげていきたいと考えています。
ステークホルダーの皆さまへ
皆さまとのより深い対話を企業価値の向上につなげていく
お客さまや従業員、株主・投資家、取引先、地域の方々など多様なステークホルダーとのコミュニケーションと相互理解を深めることも、経営者としての重要使命であると考えています。
私は社長になる10年以上も前から毎年各地の製造拠点を訪れ、現場スタッフたちとの対話を行ってきました。社長就任以降は生産部門だけでなく営業スタッフや女性総合職など、より幅広い職種・階層と食事会や懇談の機会を設け、それぞれの現場の「生」の声に耳を傾けています。同時に、企業価値向上に対する当社の考え方や中長期での成長戦略、具体的な取り組みの進捗状況などをステークホルダーの皆さまに理解していただくための情報発信にも、これまで以上に積極的に注力したいと思っています。
2024年1月、当社は会社初となる「ブランディングムービー」をTVCMとして発表しました。内容は、一人の女性の一生を通じて、人生の大切なシーンやステージの至るところで東ソーの技術や製品が役立っていることを映像で伝えるものです。直接的な狙いは就活学生や転職希望者に対する企業イメージアップですが、実はこれはグループ従業員をはじめ、さまざまなステークホルダーへのメッセージでもあります。現在、YouTubeなどの広告にもこのムービーを活用しています。機会があれば皆さまにもぜひご覧いただき、東ソーという会社が幅広い領域で人々の暮らしに役立つ価値を創出していることを、改めて確認していただければと思っています。
「化学の革新」を通して人々の幸せに役立ってきた私たち東ソーは、「成長」と「脱炭素」の両立という高いハードルをグループ一丸で乗り越え、これからも社会に必要とされる「なくてはならない会社」であり続けるべく、挑戦を続けていきます。ステークホルダーの皆さまには、引き続き当社グループへのご理解、ご支援をお願い申し上げます。
- 代表取締役社長 社長執行役員